電通総研

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「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
こちらは2023年までの電通総研が公開した調査関連のレポートです。過去のレポート記事は、以下のリンクからご覧いただけます。毎年掲げるテーマに即した、有識者との対談、調査結果、海外事例、キーワードなどがまとめられています。
村田晶子氏・森脇健介氏・矢内琴江氏・弓削尚子氏
ジェンダーに関する身近な問題に気づくには

電通総研は「電通総研コンパス」と称した定量調査を実施しています。2023年4月に実施した「ジェンダーに関する意識調査」は2021年から続く3回目です。ジェンダー研究の専門家としてどのようにこの調査結果を見るかについて、昨年10代向けのジェンダー入門書を出版された早稲田大学ジェンダー研究所(所長:村田晶子氏)の先生方にお話を伺いました。村田先生、森脇先生、矢内先生、弓削先生の4人の先生方は、今の日本におけるジェンダーに関する人びとの意識をどのように受け止めているのでしょうか。

聞き手:中川 真由美

自分たちの問題だとわかることが大事

―先生方は『ジェンダーのとびらを開こう 自分らしく生きるために』(大和書房、2022年)を出版されましたが、このような10代向けの書籍を作るにあたって、どのようなことを意識されたのでしょうか?

早稲田大学ジェンダー研究所所長・村田 晶子氏

村田 私たちは大学生に教育をしていますが、学生たちは一部を除いてジェンダーあるいはセクシュアリティに関するきちんとした学習を、高校の段階までにほとんどしてきていないのが現状です。10代向けにわかりやすく、質や内容を落とさないで伝えることを目指しました。私と弓削先生とで相談して、矢内先生と森脇先生のお二人にも協力してもらい、4人でチームを組んで作ることになりました。

弓削 ジェンダーについての本はいくつも出ていますが、10代の若い人たちに届く言葉で、そして、自分たちの問題であることが伝わるような構成がいいねと話しました。そこで、いろいろな高校生や大学生を登場人物に設定し、それぞれのセリフからなる物語形式にしました。ジェンダーの話だからといって都会中心にせず、地方と都市との違いも意識して作っていくことにしました。言葉の選び方だけでなく、ときに「ジェンダーとは何か」と4人で根本的な議論をすることもあったりで、一人で書くのとは全く違う本になったと思います。

森脇 10代の方に、ジェンダーが関わる知識を生活実感として、生きる知恵として、どうすれば身につけてもらえるかを意識しました。そのため、学術本の場合はあまりメッセージ性を強く出さないと思いますけど、今回はあえて、若い人たちへのメッセージを強く出す形で、物語性を意識しながら書きました。ただ、法学に関する制度論について、わかりやすい言葉選びには苦労しました。

矢内 この本を作るときに大事にしたいなと思っていたことが二つあります。一つ目は、ジェンダーに関心がない若い人たちもきっと何かしら頭をかすめたことがあるんじゃないかな、ということ。二つ目は、最初のうちは「ジェンダーって何なの」と考えることを拒否していたとしても、その考えが変わったり、自分なりに問題に気づいて状況を動かしていく力がきっと若い人にはあるということです。これらを信じて作りました。生活の中で着実に一歩ずつ足を進めていくような姿を描きたいなと思って人物設定をしています。

平等の概念に「機会の平等」と「公平性」が混在している現在の社会

―電通総研の「ジェンダーに関する意識調査」では、さまざまな分野において男女は平等になっていると思うか尋ねました。この結果について、先生方はどのようなことをお感じになりましたか?まず「法律・制度」について(図1)はいかがでしょうか?

森脇 本来、法律や制度は平等であるべきものという前提があるし、多くの人が普段からそう理解していると思います。でも、男女で平等かと聞かれたら「男性優遇」という回答が半数を超えている。この傾向が日本社会の問題をそのまま表していると思います。その中でも、男性のほうが「平等」だと考えている割合が高いですね。法律・制度は誰にとってもニュートラルに平等であるという神話は、男性に信じられやすく、それは、男性が実生活の中で、法律や制度を通じ、性別を理由に不利益を明確に被る機会が少ないからなのだろうなと思います。
 それに、おそらく「平等」の考え方は人によって受け止め方が違うのではないでしょうか。例えば、クオータ制のような形で女性管理職の一定割合を保証するといった制度があるとします。それを女性優遇だと考える人もいる、反対に、むしろこれまで男性優遇だったから本当に平等になるために必要なことだと考える人もいる。それぞれが「平等」という言葉をどう捉えているのかによると思います。形式的な「機会の平等」だけを「平等」と考えている人と、誰かが痛みを負っても社会全体で公平になるために「実質的な平等」を目指すべきだと考えている人とで、調査の回答にもばらつきが出てしまっている可能性もありますね。私は、法律や制度のあり方は実質的な「公平性」の問題として、社会全体で共有されるべき問題だと思います。

早稲田大学ジェンダー研究所招聘研究員・森脇 健介氏

―次に、「職場」について(図2)は全体の約6割が男性優遇だと答えています。これは3年間の継続調査でもほとんど変化がないのですが、「職場」についてはどのような視点でご覧になりましたか?

矢内 私は、職場の中での男女平等の意識は“働き方”と関わってくるんだろうなと思って見ていました。その時にふと気になったことですが、年代が高い層よりも若い層のほうが「女性優遇」という回答が増えている、もちろん若い層は「平等」と回答している人も多いんですが、その背景にどのような“働き方”があるのかなと考えていました。要因は一つだけではないと思いますが、産休・育休を取る人の代わりを担う人たちは若い世代が多いという話も聞きます。また女性管理職を増やしていくポジティヴ・アクションに対する反動的な見方として「女性優遇」という回答があるのかもしれないと思いました。先ほどの森脇先生が話していた「平等」の捉え方とも関連します。

村田 “働き方”の話に関連して、先日ノルウェーに行ってきた話をしたいと思います。ノルウェーでは、夕方5時には仕事を終えて、家に帰ることが定着していました。男性・女性は関係なく、「もう仕事時間は終わり。帰りましょう」という感じだったんです。それが当たり前だと、例えば仕事を終えた後に子どもを迎えに行って、家に帰る。人によってはそれからどこかに出かけたり、海へヨットに乗りに行ったりする光景も見ました。夜が長いですからね。そういう生活をしているノルウェーの人たちを考えると、私たちはこの長時間労働の生活を続けていいのかなと思いました。
 この調査結果の数値は、男性側の負担感も表していると思います。私たちは“働き方”について問うという姿勢で、この問題を考えなきゃいけないのかなと思います。だからと言って、すぐに皆が5時に帰ろうとしても今の職場が成り立たなくなる。それでも、本当に構造的なところから“働き方”を考えないといけない。人間らしい暮らしを皆が取り戻して、仕事も公平にすることを考えていかないといけないですね。

早稲田大学ジェンダー研究所招聘研究員・矢内 琴江氏

自分の状況を語るための概念と言葉を得ること

―今回の調査では、ジェンダーに関連する言葉について、言葉の認知度と、それが意味する内容や状態を示して、日々の生活の中で実際にそういう状況を経験・実感したり、見聞きしたりすることがあるかを尋ねています。多くの項目で、認知との差が見られました(図3)。

※男性稼ぎ主(稼ぎ手)モデル:男性が主な稼ぎ手で、女性は家事をすることを前提にした労働や社会保障のあり方
※アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み):人が無意識に持っている、偏見や思い込み。経験則によって、気づかないうちに身につけたもので、本人が意識しないところで、行動や意思決定に影響を与える。無意識の偏見。
※性役割(ジェンダー・ロール):社会的・文化的につくられた、性に付随させた役割
※ガラスの天井:昇進を阻む見えない障壁。元来アメリカの企業において、中間管理職の女性が、トップの椅子にたどりつけない現象を指した。
※マンスプレイニング:男性が女性に対して、相手が無知だと決めつけ、見下した態度で説明をすること。また、そのような態度のこと。
※有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ):感情の抑圧や苦悩の隠蔽、たくましさ、暴力によって力を誇示することなどに代表される、女性や社会、そして男性自身にとっても害を及ぼすような伝統的な男性らしさ

矢内 私はこの調査結果を見て驚きました。他の設問を見て、今の社会にはジェンダーに関する問題があることも男女平等にする必要性があることも、女性たちはしっかりと感じているけれども、ジェンダーの問題を語るための言葉を知らないと答えている人が多いんですね。抑圧されている人びとが、自分の状況をしっかり語る言葉をまだ持てていない社会なのかな、私たちは、まだ取り組みきれていないんだなということを思いました。 でも、これらの言葉が表している中身は日常的にあることなんですよね。例えば、ある時に何かモヤモヤしたり、悔しい思いをしたり、あれはいったい何なんだろうって思うことがあります。それを、ジェンダーに関する問題だったんだと発見することができたら、スッキリするはずです。でも、そういうジェンダーに関する問題が日常茶飯事であることを私たちが自覚するためには、日本の現状はまだ厳しそうに思いました。

弓削 難しい言葉や専門用語を知っていればいいという話ではありませんが、矢内先生が話したように、こうした概念を獲得することで、自分だけの不快な体験だと思っていたことが、実は決して個人的なことではなく、社会の方が問題なんだと気づくことになります。エンパワーされることにもなりますね。ただ、ジェンダーに関するこれらの用語は日本語に訳しきれずカタカナ語が多い。こうした専門用語を知っているか、理解しているかと問われることで、ジェンダーの問題を語ることに気後れする人が出てしまっては元も子もありません。

村田 調査の中で、専門用語の認知度を聞くことで理解が深まっているかどうかを測ることがよくありますが、この調査では、その言葉の意味する内容や状態を説明して経験・実感・見聞きを聞いています。この結果の数値はまだ低いように感じました。さまざまなところで起こっている実態に照らすと、経験・実感・見聞きの数値はこの程度ではないのではないかと思います。だから、次回の調査ではもう一歩踏み込んで、より具体的に日常的な課題が浮上するような表現にしていただけると、実態が見えてくるのではないかと思います。

早稲田大学ジェンダー研究所所員・弓削 尚子氏

身近なところからの“気づき”の教育

―調査結果で「性別による差別をなくすためには教育が重要だ」と85.7%の人が思っているように(図4)、やはり教育が重要だと考えています。日本社会でジェンダー平等を実現に導くために、対象は学生・大人に関わらず、どのようなアプローチがあると考えますか?

弓削 私たちが思っている以上に、ジェンダーについて語り、考えるメディアは増えています。SNSやYouTubeなど、いろいろな形で「これはおかしいよね」といった発信がなされている。以前だったら、ジェンダーは大学で先生から聞くことが多かったと思うんですが、漫画や映画などでも多様なジェンダーのあり方が描かれたりして、「先生、もう進んでますから」と学生に言われたこともあります。そういうメディアを通じて、若い人たちは「自分だけがモヤモヤしているんじゃないだ」「こういうのもアリか」などと気づくのだと思います。また、調査結果では「男は男らしく、女は女らしくあるべきだ」と思う割合がこの3年で下がっていました(図5)。ジェンダーの学びは、“自分らしさを尊重すること”、つまり、“個々人が幸せになるための学び” であると私は言っています。「らしさ」への縛りや息苦しさみたいなものが意識されるようになったのかもしれないですね。

村田 ノルウェーに行った時の話に戻るんですが、ちょうど自治体の選挙中だったんです。タクシーの運転手さんが私を迎えに来た大学の先生に「あなたは選挙に行ったんですか」と話しかけ、「まだ行ってないですよ」と答えたら「それは行かなきゃいけないよ」といった会話があったそうです。期日前投票の投票所が大学の中にも置かれていたり、選挙活動をするために高校生が学校を休んでも休みとされなかったり、政治についての風土が日本とは全然違っていました。例えば教育現場の中に選挙が身近にあることなどを通して、私たち大人も含めて社会を創る主体であるという責任や認識を確かにして、社会のあり方や構造的な基盤をきちんと考えていく必要があることも、併せてお伝えしたいと思います。

矢内 政治は政府や議会でおこなうものと思われていますが、例えば、小・中学校でも学級委員や生徒会委員を選ぶ、それらは私たちの生活の中にある政治的な実践だと思います。それを政治的な活動だとして見れるかどうか、自分たちが判断に対して責任ある主体だとして形成されてきているのか、それと関わっていると思いました。
 それに、学校は平等だと見えているようですが、職場としての学校を見ると、管理職の女性割合はまだ非常に少ないわけです。学校は平等だと私たちが思い込んでいるだけであって、実際に子どもたちが日常生活で見ている教育現場の様子というのは、残念ながらまだ根強くジェンダー不平等の状況が残っている可能性があります。

森脇 政治でも職場でも、男女比が形式的に大事なのではなくて、能力や政策・方針が大事だと考えている人がおそらく多いと思います。しかし、そうした考え方に依拠しつつ、昔からのジェンダーギャップを温存し続けた延長線上に現在の状況があります。そのことを考えると、どうしても何かでテコ入れしないと、日本の実質的なジェンダー平等は達成できないだろうという状況にすでに来ているのではないかと思います。実際、世界ではその必要性に早く気づいて、クオータ制のような実質的な平等の実現策を取り入れている国もますます増えてきています。そういう他国の事例を若い世代が知ることも、これからの社会のあり方を考えるヒントになると思います。

弓削 以前、学生たちに、自分が暮らしている地方自治体の議員の男女比を調べてもらい、グループでディスカッションをしてもらったことがあります。あるグループを覗いて「あなたの自治体の議員数はどう?」と聞いたら、「先生、私のところは女性議員が20%もいるんです」と言ったんです。「20%って、多い?」と質問すると、「あ…、確かにそうですよね」となるんですね。その「確かにそうだな」という気づきがないままに18歳で投票権を得てしまっているのが現状です。ジェンダーを学び考えることは、自分が属する社会について考えることにつながります。大切な政治教育でもあります。ジェンダーのとびらを開く先には、誰もが自分らしく生きる社会があるはず、そう考えています。

*グラフ内の各割合は全体に占める回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しています。また、各割合を合算した回答者割合も、全体に占める合算部分の回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しているため、各割合の単純合算数値と必ずしも一致しない場合があります。

**本調査(各3,000サンプル)の標本サイズの誤差幅は、信頼区間95%とし、誤差値が最大となる50%の回答スコアで計算すると約±2.5となります。年ごとの比較では±2.5ポイント以上あるものは、有意な差があるとみなされます。

Text by Mayumi Nakagawa
Photographs by Masaharu Hatta



村田晶子 むらた・あきこ

早稲田大学ジェンダー研究所所長

早稲田大学文学学術院教授。専門は成人の学習論、ジェンダーと教育。博士(文学)。

早稲田大学文学学術院教授。専門は成人の学習論、ジェンダーと教育。博士(文学)。

森脇健介 もりわき・けんすけ

早稲田大学ジェンダー研究所招聘研究員

拓殖大学ほか非常勤講師。専門は法哲学、法思想史、ジェンダー法学。修士(法学)。

拓殖大学ほか非常勤講師。専門は法哲学、法思想史、ジェンダー法学。修士(法学)。

矢内琴江 やうち・ことえ

早稲田大学ジェンダー研究所招聘研究員

長崎大学ダイバーシティ推進センター准教授。専門は社会教育、フェミニズム研究、ケベック研究。博士(文学)。

長崎大学ダイバーシティ推進センター准教授。専門は社会教育、フェミニズム研究、ケベック研究。博士(文学)。

弓削尚子 ゆげ・なおこ

早稲田大学ジェンダー研究所所員

早稲田大学法学学術院教授。専門はドイツ史、ジェンダー史。博士(人文科学)。

早稲田大学法学学術院教授。専門はドイツ史、ジェンダー史。博士(人文科学)。

中川真由美 なかがわ・まゆみ

電通総研 チーフプロデューサー/主任研究員

徳島県生まれ。2002年株式会社電通に入社し、マーケティング、イベント、PR、ビジネスプロデュースなどの領域を担当。2023年より電通総研。人間科学的アプローチから、主にDEI、学びなどを研究する。

徳島県生まれ。2002年株式会社電通に入社し、マーケティング、イベント、PR、ビジネスプロデュースなどの領域を担当。2023年より電通総研。人間科学的アプローチから、主にDEI、学びなどを研究する。